過去のわたしとの再会

いつもの店でボジョレーをいただき、店を出るころには時計はすでに午前2時を回り、冷たくて澄んだ空気の夜空に大きな三日月。

今年の初めに3ヶ月ほど同じ職場だった派遣社員のKさん(♂)−連絡先も知らないしプライベートな話をしたこともない−が、BARをオープンした、という話を最近噂で聞き、30も過ぎているのに「就職は一生しない」と言ってたのはこういうわけか・・などと合点がいったわけだけど、正直、聞いたときは興味とともに嫉妬の感情が沸き、その夜は夢にまで出てきた。

お客さんと別れたあとに、そのBARのことを思い出し、携帯に入っているお店の住所を頼りに深夜の街なかを自転車でうろうろしたあとに見つけたそのビルは、偶然にも4年前にすこし好きだったことのある人が働くビルだった。そう、よく一緒に帰るために、ここで彼が自転車をとりに行くのを待っていた。彼は、わたしが歩く隣を自転車を押して一緒に歩いてくれるのだった。ささやかなデート。

人気のない地下につながる階段、薄暗い廊下、看板代わりの小さなプレート。
夢に出てきたお店が、今、ほんとにここにある。
とてもお店とは思えない無機質で冷たいドア。そっと、開けようとすると、鍵がかかっていた。
お客さんが来なかったんだろう、営業時間内だったけど、お店は閉まっていた。

あまりお酒を飲まなかったおかげで、めずらしくクリアな思考、夜ごはんを食べていなかったので、おなかがすきコンビニでカップうどんを買って帰る。

午前3時。深夜の所在ない気持ちのままテレビを点ける。
こんな時間にテレビはやってるのだろうか?、NHKにチャンネルを合わせ、始まったばかりの番組の画面に表示されたのは聞き覚えのある名前、思わず画面に釘付けに。

18歳−9年前−、初めての就職で同期だった男の子。Fくん。
彼はきれいな顔で目立っていたけれど、障害者だった。
その番組では、彼がパラリンピックのとある競技のリーダーとして活躍していたことを教えてくれた。

辞令交付式の時に見かけて、車椅子は一時的なものなのかな、と思っていたけれど、そうではなく、3年ほど前にスキーで怪我をして、脊髄損傷、2度と歩けなくなったらしい。
飲み会で、わたしの彼氏の話をして、彼がスキーが大好きだったのでその話をしたときに「気をつけてね」と教えてくれた。
1ヶ月後、彼に振られた当日、そういえば悲しい気持ちでFくんに電話したっけ。

数ヶ月もすると、挨拶程度で話す機会もなくなり、わたしは仕事も辞めたしまったく彼のことは忘れていた。

テレビのなかのFくんは「怪我をしてよかった」と言っていた。

いつもならベッドに入っている午前3時、なつかしい友だちに再会したような、不思議なあたたかい気持ちになった。元気そうでよかったな。